仕事に家事、育児、やることは毎日尽きないですよね、ほんとに。
平日にできない分、休日はちゃんとやろうと思っても、休日は休日で休みたくて結局平日とあまり変わらず…。
いつまでたってもちゃんとできないなと自己嫌悪な時に出会ったのが、「ケの日」という言葉でした。
元々知っている単語ではありましたが、改めて意味を知ることで毎日の生活が少し楽になったんです。
ちょっとした捉え方の違いで、気持ちは変わるんだと感じたお話をしようと思います。
ずぼらの裏には罪悪感がある?
ご飯を作る時、「時短」「手抜き」などのキーワードを入れて検索することがあります。
そういう簡単レシピってすごく助かるしありがたいです。
でもその一方で、そういう言葉を使うことに無意識ながら罪悪感があった気がします。
本当はちゃんとやらなきゃいけないのに、みたいな気持ちが潜んでいるように感じていました。
そんなことを考えているときに出会ったのが、「ケの日」という言葉です。
ケの日とは?
すごくわかりやすい説明があったので、引用します。
古来より、日本人は、普段通りの日常を「ケ」の日、祭礼や年中行事などを行う日を「ハレ」の日と呼び、日常と非日常を使い分けていました。
(中略)
「ケ」は普段通りの生活を送る日ですが、日常生活の「ケ」がなく、毎日がお祭りの「ハレ」だったら、それはつまらないものになってしまうかもしれません。また、陰鬱な気持ちや何かよくない力、病気や死など、「ケ」の生活が順調にいかなくなることを、「気枯れ」=「ケガレ」といって忌み嫌い、禊ぎ、清め、祓いなどをしました。「ケガレ」を落とし、単調になりがちな生活に「ケジメ」をつけて、「ハレ」の日を迎える。そうした物事の繰り返しで暮らしが成り立っているのです。
ハレとケ、両方があってそれぞれが成り立つんですね。
デンマークには、「ヒュッゲ」という言葉があります。
快適で心地良い時間や、それを作り出す姿勢のことを指す言葉だそう。
そのヒュッゲに関する本を読んだとき、
「ヒュッゲじゃない時があるからこそ、ヒュッゲがより良い時間になる」
というようなことが書いてあったのを思い出しました。
ケの日を知って、変えたこと
ケの日の概念を知って始めたこと。
まず、平日休日問わず、今日は何でもない普通の日なんだ!と思うようにしました。
休日については、平日よりは特別な日というイメージでしたが、詰め込みすぎて疲れてしまうこともしばしば。
何もない休日ならケの日という意識に。
もちろん、お祝い事がある日などは別です。そこは特別な日にしないと意味がないので。
考え方が変わると行動も変わってきました。
一汁二菜をやめた
私が1番大変だったのは、ご飯の支度でした。
料理自体は好きですが、仕事から帰ってきて子どもの世話をしながら毎日作るのは、結構負担。
メニューを考えるのも大変だし…。
今は、基本一汁一菜です。
その代わり味噌汁はできるだけたくさん具材を入れて、野菜は味噌汁で取る!ぐらいの気持ちでいます。
休日のご飯もがんばらなくなった
休日といっても、ケの日なんだから平日と同じでも良いやと思えたのは大きかったです。
平日より時間がかかるものを作ることもありますが、気分が乗らない時はやっぱり一汁一菜。
ケの日だと思うと、罪悪感を覚えなくなりました。
プラスでできた家事が褒めポイントになった
普段は一汁一菜と言いましたが、たまーに副菜を作る日もあります。
そういう時、今日はいつもより多い!すごい!と自分への褒めができるようになりました。
週末の掃除も同様です。
今まではできない平日に目が向いていましたが、週末にやった掃除に対して休みの日に頑張ったじゃん、と思えます。
やっていることは変わりませんが、捉え方によって気持ちは全く違いますよね。
ケの日で毎日を楽に
私の場合は「ケの日」という言葉でしたが、日々の気持ちを楽にしてあげられるポイントが見つかると、暮らしが本当に変わります。
気を抜ける言葉、状況、過ごし方などを少しずつ集めていきたいなと思います。
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